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zoom RSS 西国街道を歩く 山崎から〜芥川宿へ

<<   作成日時 : 2015/12/08 21:51   >>

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 西国街道を歩く旅第二回。今回は京都の山崎から西へ、大阪の芥川(高槻市)を目指します。西国街道沿いにある巨大前方後円墳・今城塚古墳が史跡公園として整備されているので、そこをゴールにすることに。なお、第一回のレポはこちら


12月8日(火) 晴れ

 午前9時40分、JR山崎駅から西へ。関戸明神の所で早くも大阪府島本町に入る。サントリー山崎蒸留所を右に見て、水の無い水無瀬川を渡り、住宅街の中をしばらく歩くとやがて道が茶色のカラー舗装に。30分ほどでJR島本駅前到着だ。

 駅前に国指定史跡「桜井駅跡」が整備されている。ここでいう「駅」とは古代の人馬継立所のことで、約16kmごとに設置されていたらしい。もっとも今の桜井駅跡は、『太平記』による楠木正成父子訣別の場所として有名になったようで、それに関する碑がいくつか建っている。

【桜井駅跡】
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 島本駅前から住宅街を抜けたところで川沿いの細い道を右へ。東海道線の下をくぐる道になる。今回の行程で唯一迷いやすい所か。もっとも街道歩きに慣れていると「あ、こっちが旧街道だな」とわかるのであるが。

 東海道線沿いに歩いて行き、線路から離れて集落に入った所に梶原の一里塚跡。今は地蔵堂になっている。時刻は10時40分で、歩き始めてから1時間経過。

【梶原の一里塚跡】
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 この梶原の集落辺りは道が左右に屈曲し、古い家も残っている旧街道らしい所。ただ、抜け道ルートになっているのか、道が狭いわりには車の通行が多いのが難か。

 道がやや広くなって桧尾川橋を渡る。歩道横の柵にはなぜか大名行列の透かし彫りが。街道沿いの橋ってこういう歴史的な装飾をしてあるのが多いなあ。

【桧尾川橋】
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 この橋を渡った所で川沿いに行かずに真っ直ぐ細い道へ入る。車はみんな川沿いの道に行っちゃうので、ここから交通量は少なくなる。

 行く手に高層ビルが見えだしたら高槻市街は間近。JR高槻駅の北側を抜け、再び細い道に入ると芥川の宿。鍵の手になっている道を曲がった所に芥川の一里塚があった。時刻は11時30分。

【芥川一里塚】
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 この一里塚も今は地蔵堂になっている。面白いのは、一里塚というのは道の両側にあったのだが、反対側もぽっかり空地になっていて、建物も何も建っていない。昔の一里塚の面影が今も残っているわけである。

 ちょっと早いがお昼ご飯にしよう。芥川商店街の中に「きないや」という合鴨料理の店があって、ここでランチ。合鴨丼定食900円也をいただく。合鴨と白ネギとししとうが香ばしくあぶってあって、丼の上に並んでいた。

 12時から街道歩き再開。宿の名前にもなった芥川を渡るとごくごく普通の新興住宅地に。車も人通りもほとんどない静かな道になった。
 20分ほど歩いたところで今城塚古墳への分岐点に。新しい案内板があった。

【今城塚古墳案内板】
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 国指定史跡今城塚古墳は「いましろ大王の杜」として大々的に整備されている。考古学的にも文献学的にも継体天皇陵なのはほぼ間違いないのであるが、宮内庁の指定はなぜか隣の茨木市にある太田茶臼山古墳の方になっているので、堂々と間近まで近寄って見学できる。で、行って初めて知ったのだが、墳丘の上にも登り放題。陵墓指定からはずれているおかげで実際の天皇陵に登ることができるとは、何やら皮肉な話ではある。

【いましろ大王の杜案内板】
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 まずは古墳の北側にある今城塚古代歴史館へ。平成23年に開館した新しくて立派な資料館。無料で見学することができる。

【今城塚古代歴史館】
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 中に入ると平日にも関わらずボランティアガイドの人が二人もいて、懇切丁寧に案内してくれる。最近増えたこの形式のガイドサービス、知識のない者にとっては有り難い。

 この古墳の特徴としては、九州の阿蘇山から切り出した石で作った、ピンク色の石棺が出土したこと。この阿蘇ピンク石(馬門石)を使った石棺は九州では見つかっておらず、中国地方から近畿地方にかけてしか出土していない。古代史の謎の一つであるが、わざわざ九州から船で運ばせるだけの権力を持った人物が被葬者であることは間違いない。

 資料館を出て墳丘の見学に向かう。二重になった環濠の内側の堤に張り出しが設けられ、ここが埴輪祭祀場として復元されている。様々な形象埴輪を並べたその行列を見ていると古代に還った様。この手の「埴輪まつり」が見つかったのも、ここ今城塚だけである。

【埴輪祭行列】
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 内堤をくぐって内堀へ。西側三分の一の前方部にだけ水が張られている。中央部から歩いて登ってみる。中は縦横無尽に通路が走り、ちょっとした迷路みたいになっている。

【墳丘上部】
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 石室のあった後円部の頂点にも、くびれ部のテラス状の造出しにも、前方部の端っこにも、どこにだって自由に行ける。要所要所には説明板もあって、築造当時の墳丘の様子がよくわかるようになっている。

【前方部南西テラス】
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 全体として、緑豊かなオアシスのような所で、近所の子供たちのいい遊び場、大人たちのいい散策の場として利用されているみたいだ。濠には水鳥が憩い、墳丘の木々は美しく紅葉し、空堀の芝生は広々としている。古代の大王の墓がこんな親しみやすい公園になっているとは。わかりやすい展示の資料館共々、もっと多くの人に訪れてもらいたい歴史公園である。

【前方部から後円部を望む】
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 「いましろ大王の杜」を2時過ぎに出発。見学に一時間半ほど使ったことになる。

 案内板に従って女瀬川に沿って南下。約2kmの道のりを歩いてJR摂津富田駅に向かう。午後2時30分、摂津富田駅着。約12kmの歩き旅だった。


 今回は距離も短めにして今城塚古墳の観光に時間を割きました。長距離を歩く旅も魅力ですが、こういう気軽な歩き旅もいいですね。

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